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諦めてはいませんか?運命は自分で変えられます!九星気学風水は貴女を幸せに導く道標です!

塾長プロフィール

こんにちは。

幸せになるための「九星気学風水」をお伝えする
氣彩塾kisaijuku 塾長 北城彩華(ほうじょう あやか)
1963年3月22日生まれ 一白水星 岡山生まれ大阪在住

  • マンツーマンで分かりやすく気学をお伝えする講師
  • 大阪・難波神社で開催の「神社de開運マルシェ」主催
  • 資格を取ったけど不安なヒヨコちゃんの一人立ち支援「ひよこっ娘くらぶ」主宰

経歴・実績

  • 2017年~2019年の3年間にわたり神社ツアーを開催し300名をアテンド。
  • 気学を用いた「お金が喜んで集まってくる!開運お財布講座」を開催し150名以上が受講
  • 2019年から始めた「神社de開運マルシェ」は出展者枠がすぐに埋まるイベントになる
  • 「初心者にも分かりやすく・学びやすく」をモットーとする気学講座は満足度96%を誇る

生徒様が「気学が楽しい!」「もっと学びたい!」と思って頂ける講座作りを心掛け
お一人お一人に向き合った対応を得意としています。

初めまして。
氣彩塾 塾長の北城彩華です。

九星気学は「行動の開運術」と言われています。
ただ運気を見るだけではなく、幸せになるための行動の仕方を教えてくれる学問です。

私自身、この「九星気学」を学び行動したことで今まで固執していた考え方が変わり
道が開かれたくさんの方とご縁を頂けるようになりました。

気学を知る以前の私から考えると本当に雲泥の差と言っても過言はありません。
普通に結婚して、普通に子供を持って・・・と言う
「普通の夢」さえ叶えられなかった私が

今のように「九星気学風水」を皆様にお伝えしていくようになったのか。
今が1番幸せ!と心から思えるようになったのか。

長くなりますが、ご興味のある方は私のストーリーをお読みいただけたら幸いです。

私のストーリー

1963年 生を受ける

岡山県玉野市で長女として生まれました。
父が長男であったため、祖父母や親類たちから愛されて育ちました。

2歳の時に父親の転勤で千葉県市原市に引越しました。
社宅のアパートの屋上でバレーボールしたり、敷地の金網に登ったり活発な女の子でした。

小学校2年の終わり、祖母の具合が悪く岡山に帰らないと行けなくなった時。
泣いて押し入れに閉じこもったことを覚えています。

小学校 初めてのいじめ

小学3年生の時に千葉から岡山に戻ってきました。
千葉での楽しかった学校生活しか知らなかった私は一気にどん底に落とされました。
言葉の違いと容姿への偏見でした。

千葉の社宅で育った私はおっとりした標準語を喋っていました。
そして、容姿。

私は父親似で「わし鼻」だったのです。
横から見ると「魔法使いのおばあさん」そっくり。

その事から、男の子から「気持ち悪い」「そばに寄るな」「あっちへ行け」
もちろん、体育のフォークダンスの授業でも手は繋いでもらえません。

長い小学校時代でした。

中学校 何も変わらない

中学校は地元の3つの小学校から上がってきます。
中学校に入ったら変わるかもしれない。

淡い期待は夢と散りました。
生徒が増える分、嫌われる人数も増えます。

中学3年生の時、やっと私の状況に母親が気付きました。
だって、死ぬ方法ばかり考えてたのですから。
そして、必ず遺書は書こう。
遺書の中には私を虐めていた男の子の名前を全て書こう。

母親が気付くまで、私は親には言えませんでした。
私は「自分がいじめを受けている」とは口が裂けても言えなかったのです。
なので明るい顔で朝学校へ行き、学校でズタボロになった心を隠して家に帰りました。

気付いた母親が担任と相談してくれましたが、現状は変わりませんでした。
なので、高校は逃げるように他県の学校を選びました

高校時代 初めての楽しい学校生活

高校は香川県の高松市にある女子高を選びました。
もう、男の子は怖かったから男の子の居ない学校です。

家を朝6時半にでて、学校へ着くのは始業の8時45分ギリギリ。
時には霧で通ってた船が止まると、学校に付くのが終業時間と言う事もありました。
それでも、楽しかったんです。

あまりに楽しかったので、高校・短大と5年間通いました。

就職 そして過ちの始まり

他県の学校へ通っていたために地元での就職が難しく、最初はアルバイトとして地元の市役所に入りました。

そこで知り合ったのが、その後の私の人生を変えたであろうM氏。
私にとって初めての彼氏となったM氏。
男性と付き合った事が殆ど無かった私は、のめり込んでしまったのです。
しかし、実は妻子持ちだったのです。

最初、M氏が妻子持ちだとは気づきませんでした。
それは、かなりの束縛をする方だったので毎日仕事の後に逢うのは当たりまえ。
土日、盆正月も逢わないといけなかったのです。

もちろん、女友達と逢う事も許してくれません。
嘘をついて友達と逢ってると、居場所を探されて連れて帰られます。
会社で残業してても、家の者です。と言って帰らされます。
それは全て自分と逢う時間が少なくなるから。

その束縛が嫌になり逃げるように家を出てアパートを借り、携帯の番号を変えても探されます。
数日もしないうちに、変えたはずの電話番号に電話がかかって来たのです
「何で知ってるの?」
「適当に掛けたら繋がったんだよ。」
ニコニコして歩いて来る姿が見えた時は本当にぞっとしました。

もう逃げられないのか・・・
結局最後は警察のお世話になる事で離れることが出来ました。
警察の方は告訴も出来ますよと言って下さるほどの内容だったのですが、相手は公務員です。
告訴しようものならクビですよね。
クビになったら何されるか分からない。
それが怖くて告訴はしませんでした。

警察沙汰になってやっと別れられた後。
私の恋愛は、やはり上手く行きません。

苦痛だけの結婚生活

もう恋愛はしたくないと思いましたが、やはり幸せにはなりたい。
母の勧めでお見合いをし、そのまま結婚しました。
なんの感情もありませんでしたが、「暮らしていれば、そのうち好きになる」と言う
いい加減な助言を受け始まった結婚生活。

最初に「好き」と言う感情が出てくればよかったのですが、私に湧いてきた感情はそれとは違うものでした。
嫌悪感が出てしまった相手と暮らすのは大変です。
ましてや夫婦です。
お決まりの夫婦生活も「頭が痛いから・・・」と断ることに。
その時に帰ってきた言葉は「頭は寝てて良いから」でした。

私ってダッチワイフ?

そして、いよいよ苦しくなった時。
友達の家に遊びに行くと言う避難を計画しました。
1週間くらい家を空けても良いかと許可を求めると、すんなりOKが出ました。
そして「自分もせいせいするから」と。

苦痛だったのが私だけではなかったのなら帰る必要はないと。
その日から家には戻りませんでした。
それからも、いろいろあり籍が抜けたのは2年後でした。

幸せになるために大阪へ来たはずが。

離婚から10年。
やっと幸せになれる♪と思って大阪へ来たのは2度目の旦那さんとなるSさんとでした。
しかし、大阪での幸せな生活は、たった1か月でした。

旦那さんの借金が発覚。
一気に支払いに追われる生活になりました。

持っていた貴金属はすべて無くなりました。
知らない間に督促状が来る。
旦那さんの借金と私のカードからいつの間にかキャッシングされてた明細書。
残してた家賃の支払い分のお金も使われ引き落とし不能の連絡。

普通に働いていたのでは間に合わないくらいの支払いに、ありとあらゆる仕事をして頑張っていました。
誰も知り合いの居ない大阪で。
たまに帰ってきてお金だけ持っていく旦那。

この時期は本当に私の暗黒時代です。
人間として最低の仕事をしてました。
最低の仕事をしていないと支払えなかったからです。
この仕事に付く人は殆どが私と同じ借金を抱えた人です。
中には気楽に考えて稼ぐ方もいましたが、自分と法律を守る私の仕事スタイルは舌打ちされたり、罵倒を浴びせられたり反対に脅されたり。
なのでお金は良いけど心の病む仕事でした。

たまに帰ってくる旦那に「もっと頑張ってくれ」と言われ。
こんなに苦しい思いをしながら頑張ってるのに、まだ頑張れと言うの!
鬼か!と泣き叫んだこともありました。

帰りの地下鉄のホームで、このまま一歩踏み出しさえすれば楽になる。。。
そう思った私もいました。

もし、何らかのことで自分が死んだ時。
「その人の職業とか肩書が名前と共にテレビのニュースに出るんだよね・・・」という話をしてた時、
私は今の職業のまま死ぬのは嫌だと思ったんです

そこからやっと抜け出すための行動を起こすことが出来ました。
旦那と縁を切る。
人(旦那の)の借金は払わない。
人様に堂々と言える仕事をする。

やっと人並みの生活に戻れる

しかし、その時すでに40代後半になってたんです。
40代と言えば、人生の半ば。
他の人が40代までにやってくる事。
好きな人と結婚して、子供産んで家庭を作って・・・・と言うのは出来なかったけど。
その代わりに、私だから出来る事が何かあるんじゃないか?と思い、いろいろ勉強を始めました

最初はカードを使ったセッションをしていました。
私が気付いて行動を起こしたからこそ、最低の生活から這い上がれたように。
悩んでいる人も、気づくきっかけ。
行動するきっかけにカードがなってくれたら・・・と思っていました。

しかし、私のセッションを受けてくれる人は殆どいませんでした。
その時、村山幸徳先生の「九星気学風水」に出会ったのです。

新たなる決意と共に。

気学は1度学び鑑定士の資格まで取っていました。
しかし、村山幸徳先生の気学は違ったのです。

「気学」と言う占術を学ぶだけではなく、人間として人生を正しく生きる方法を教えてくれました。
心を教えてくれました。

そして「姓名鑑定」も学び名前を選名し、村山幸徳先生の「九星気学風水」を1人でも多くの人にお伝えしたい!と決意しました。

今、たくさんの素敵な方たちが私の回りに居ます。
それは、私が決意して行動した結果です。

1回目で最低の生活から抜け出すことが出来ました。
2回目で気学の講座を開催・神社ツアー・マルシェ開催です。

すべて、決意して行動したからです。

1人でも多くの人に幸せになって欲しい。

私が最低の生活をしていた時。
どん底で悩んでいる人たちを多く見てきました。

そして今も。
悩んでいる方、先の見えない方がたくさんいらっしゃいます。
「もう、私の人生このままなのだろうか?」と不安な方もいらっしゃるでしょう。
私もそう思っていました。

しかし諦めないでください。
人生に「手遅れ」はありません。

自分が「幸せになりたい!」と思って行動すれば人生は変わるのです。

九星気学風水は幸せになるための行動の仕方を教えてくれます。
学びながら人生を変えましょう!

遅くはありません。
気付いた時がスタートです!

幸せになるための「九星気学風水」をお伝えする      
氣彩塾kisaijuku 塾長 北城彩華(ほうじょう あやか)